ちょス飯の映画評
『ゴッドファーザー』 ★★★★★
『ゴッドファーザー partⅡ』 ★★★★★
『ゴッドファーザー partⅢ』 ★★★★★
言う事なし
結局、ある誠実な男が妻を愛し続けた物語だ。娘も息子も。
亡くなった父親も、父親の人生も。
一代で、ドンとなったマーロン・ブランド演じるゴッドファーザーの3男・マイケルが青年時代から亡くなるまでを、特殊メイクでアル・パチーノが演じている。
痛々しい幕切れだったが、マイケル(アル・パチーノ演じる)が、裏切り者を殺し続けたのは、愛する者を守るためだった。殺さなければ、自分が殺される。
彼の告解を、神は許し給うたのだろうか。
華やかなごちそうの並ぶパーティ会場の場面、イタリア系移民のアメリカでの暮らしぶりも興味深かった。
最後のオペラ会場での、マイケルの息子の美しい歌声の芝居と(部隊の上)、マイケル殺害を頼まれた殺し屋の暗躍(客席)の動きが交互に描かれ、ヒッチコックの「知りすぎた男」の場面を思い出した。
手に汗握る場面である。
自分のゴッドファーザーであろうと、容赦しないマイケルの妹の作戦もかっこよかった。彼女が、いぎたなく菓子を貪り食うじいさんドンを、何故ずっとオペラグラスで見続けているのか・・・。ここは震撼とした。
耐え忍ぶ女だけでなく、自ら闘う女もコッポラは描きたかったのではないだろうか。
かつて北野 武監督が「暴力は娯楽だ」と言っていたが、スクリーンを見に来る人々は、誰も殺せない市井の庶民だ。
ある意味、敵をどんどん殺していくマフィアの暴力は、(架空の物語であっても)人間の暗い衝動を満たす。