ちょス飯のBS時評

 『科学史闇の事件簿』  フランケンシュタインの誘惑

 “いのち”の優劣 ナチス知られざる科学者

 ★★★★★

 ドイツ人、オトマール・フォン・フェアシェアーなる科学者は、第一次世界大戦後、疲弊した国家を建て直すべく、優性思想を御旗に劣悪なる遺伝子を撲滅することを人道的な善なる所業だと信じた。
 
 優性思想は、アメリカから来たという。ロックフェラー財団も彼の研究に資金援助していた。無論、当時のナチスドイツヒットラーの後ろ盾もあった。

 しかし、時の権力者と最高の科学者が結託してしまうと・・・。国民の命は選別される。障がい者の殺戮も、思想犯も、とにかく国に逆らう者は殺して良し、という社会になってしまうのだ。

 本当になんたることを、ヒトはしでかせるのだろうか。

 私は以前から、命令する者とそれを実行する者が別であることが、殺人を楽に遂行できるのではないか、と考えていたが・・・。

 1957年1月27日、ユダヤ人の強制収容所が連合国によって解放された。
 その前に、オトマールは罪状の分かる書類を全て、焼却して隠した。裁判では証拠不十分として、彼はわずかな罰金で済んだ。

 部下は自殺したり、死刑になったりしているというのに。彼は、ユダヤ人とドイツ人の違いを確定させるために、多くのユダヤ人の血液を抜き取っては調べていたという。生体実験で殺された人々も多かった。

 戦後彼は、科学者として研究機関の所長となり、交通事故で亡くなる73歳まで穏やかに過ごしたという。彼は、ごく普通の家族を愛する好々爺でもあった。

 しかし、彼が使っていた研究施設はその後ベルリン自由大学の施設となりその壁にははっきりと、オトマールの罪がかかれた碑文がはめ込まれている。

 「オトマールは、ナチス・ドイツの非人道的な政策に科学的根拠を提供し 淘汰と殺人にも積極的に関与した 子の犯罪はあがなわれないままである 科学者達はその学術研究の内容と結果に責任を持たなくてはならない」と

 ナビゲーターの吉川 晃司は、最後に重々しい言葉を紹介した。
 
 ヒットラーの『わが闘争』のなかの言葉

 「大衆は理解力は非常に小さく 忘却力は非常に大きい」

 ゲストの日本人化学者おふたりも、このオトマールのことは全く知らなかったという。

 救いの言葉もあった。大阪大学大学院教授の中野 徹氏は「優劣で人間の幸せははかれない」 国立成育医療研究センター研究所 所長松原 洋一氏は「遺伝子に優劣はない」と。
 実は、ヒトの遺伝子解析は1日で出来てしまう今日、いろいろな人を調べてみたところ、健康だと思われている人にも、誰にでも何十箇所の欠陥があるという。

 つまりどの人にも、遺伝子に欠陥がある。完全な遺伝子を持つヒトは存在せず、例えばネイティブアメリカンである「ピュマ・インディアン」の人たちは非常に乏しい食料を食べながら何千年も行きぬく力を持っていた。しかし、飽食の時代になった今では、皆が肥満し糖尿になっている。
 つまり環境の変化に適応した遺伝子が、そのときどきに生き残れるのであるから、多様性こそが素晴らしいのであると。

 ただ、今日の問題として出征前検診で、とくにダウン症の疑いを指摘されると9割の妊婦が出産を諦めているという。また、こどもをデザインする遺伝子操作もいよいよできる時代が来るとのこと・・・。


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 震撼とさせられる、科学の黒い歴史を紹介する番組だが、目を背けずに知っていこうと思う。私たちは、科学者に研究の結果責任があるのと同じように、大衆の一人として、ひとりひとりの命を守らねばならない義務がある。
 
 ヒトのしあわせも多様化している。

 ありのままの自分、ありのままの他人を尊重して平和に暮らすことが、人類の課題だ。