お題に応える
今週のお題「結婚を決めた理由」
わたくしが、彼との結婚を決めた理由、それは、彼がハンサムだったこと。中身はあまりにもナイーブで馬鹿正直、愚図でのろまで身勝手、小さい心持ちで、・・・とても放っておけない。一生そばにいて支えてあげたかったからでしょう。
彼との出会いは、高校の教室。私たちが入学したのは学校群制度が始まった年で、皆がハズレだとがっくりする方の学校だった。
彼は、行きたかった方の学校へ入れず、落胆。「勉強勉強、〇〇高校に負けるな」と偏差値の高い、有名大学合格こそ高校の存在意義、高校で学ぶ目的であるとばかりに、生徒を煽り、うるさい校風を憎み、3年の3学期にとうとう彼は中退した。
以来、クラス委員だったわたくしは、彼に手紙を送り続けた。「日本一の日雇い人夫になってほしい」、などと。
すると、彼はわたくしからの手紙に素直に喜んで、返事をくれた。職業訓練校を経て、街の商店の丁稚をしていたが、・・・
あるとき、自宅を出て就職のため遠い街に来たと。「風のように」と葉書きが来た。
ずたずたの傷つけられていたであろう彼の心は、ゆっくりと回復していったようだ。
文通を始めて6年後。わたくしは大学を卒業した春に、思い切って彼の住む海辺の町へ会いに行った。
駅で待ち合わせたのだが、時間になっても彼は現れなかった。
アパートに電話は無く、携帯電話も無い時代だった。
ショックを受けたが、1時間待ってから、せめていつも手紙を出している彼のアパートを見てから帰ろうと、わたくしは駅の食堂でカツ丼を食べてから、トイレで用を足して歩き出した。
このとき、少し便意を感じていたが、お店のトイレではふんばってもふんばっても出せなかったので、やや不安を感じながら。
歩き出すと、「うんこが出そう」になってしまい参った。当時わたくしが住んでいた故郷の町は、あちらこちらに喫茶店があり、どこでもトイレを借りられたのでこの町もそうだろう、お店に入れば大丈夫と高を括っていたのが裏目に。
ない、ない、ない。店があっても、まだやっていない。お昼時だった。
身もだえしながら、肛門に力を入れて引き締め、震えながら歩いてやっとやっと、彼の住所の番地に辿りついた。
「あら」彼がアパートの階段の下にいるではないか。バイクを磨いていた。わたくしが「あれ、駅に来なかったでしょ。」と尋ねると「行ったよ。けど会えなかったんだね。」と彼。
脂汗をたらりたらりと流しながら歩いてきたわたくしは、あいさつもそこそこに、「すみませんが、トイレを貸して下さい。部屋の中に入らないで、外で待っていて。」と頼んだ。
わたくしはだだだだだだだっと、201の彼の部屋めがけて階段を駆け上った。
初めて彼の部屋に入るというのに、トイレで大便を一気に排出。ぶりぶりと大音量だった。ほっとして、トイレから出ると彼が、「外にいてね」と頼んであったのに、トイレのすぐ前で待っているではないか。
ちびらなかったのは、本当に有り難かったが、7年ぶりの愛しの君に、会ったばかりで、・・・・大便をする音を聞かれてしまうなんて。恥ずかしくて恥ずかしくて、しゅんとなってしまった。
しかし、彼はにたにたするだけで何も言わないのだった。
トイレは、古いアパートなので和式でこ汚い便器だったが、見ると隅には真新しい掃除道具。彼なりに、わたくしの到来を待ち、一所懸命磨いてくれた跡がある。
トイレを綺麗にしてわたくしを待っていてくれた君。
合格だよ。君はわたくしの夫にふさわしい。
結婚を決意したのは、高1のときだけれど。決定打は、薄汚い古びた便器
を磨いてくれた君の心の美しさだ。
(この文章は、かつて何度も書いていますが、お題に応えて再録してみました。)