ちょス飯の読書日記

 『鹿の王』 ★★★★★

 上橋 菜穂子が国際アンデルセン賞 作家賞受賞後、今度はどんなテーマのものを書くのか、と待っていた。
 人間の身体の不思議、そして身体に進入してくる目に見えぬ小さい命を持つ感染症の病原体を突き止めようとする、すなわち「病」がテーマだとは。 戦争と人間。強者と弱者。父親の小さきものへの愛。

 病に罹るものと、罹らぬものがいるのは何故か。愛する家族をある日突然、奪われる不条理。神は、このことを知っているのか。神は、祈っているものの声を聞いてはくれぬ。

 時間がゆっくり流れていて、主人公ヴァンが安穏と暮らしていられる時間は短い。読んでいて、はらはらする。だが、ひとりぼっちのヴァンが、小さな集落で暖かく迎え入れられ、心身ともに再生していくところは、読者も心に暖かい。

 ヴァンが飛鹿にまたがって、崖を駆け下り闘う場面は凄い迫力だが、「鹿の王」は、闘いに強い者を指すのではなかった。

 百田氏に読ませたい。真の勇気。仲間を守るとはどういうことか。
 
 弱いものは、鉄砲避けだ。何人死んでも構わぬ。名も無き者など。為政者は、そう考える。貧しいもの、辺境に住むものを最前線に送る。彼らは家族のために、お国のためにと出征するが、家族は誰も死んではならぬと祈っている。名も無きものなど、ひとりもいない。家族にとってはかけがえのない息子であり、夫であるから。

 しかし、上橋は描いた。
 弱いものは闘ってはならぬ。
 敵から逃げることが務めだ。そして、子供を作り平和に暮らすことが生き延びられたものの務めなのだと。涙があふれた。
 鹿が踊る、とはどういうことか。読後一週間を経ても思うだけで、今も涙が溢れる。

 もうひとりの主人公青年医師が、黒狼病の原因を探る、それは多くの患者を敵味方関係なく救いたい意思によるのだが、その研究をするためにはまず資金が必要であるから、予算のことを考えて動くという件は、ファンタジーなのに非常にリアルで、この世界が本物なのだと読者に思わせる。

 安保法案改変の動きのある現在。これを、読もう。