ちょス飯の読書評

 『銀の匙』   ★★★★★

銀の匙 (岩波文庫)

銀の匙 (岩波文庫)

 再読。
 おかしい。慈悲深い伯母さんがいい。章魚坊主と呼ばれる、弱虫の脳病だと思われていた少年(筆者)がその頃の自分のままで書いている。

 そして、こどもの頃、その時々に口では言えなかったことが、文章で表現されている。

 言えなかった、言わなかったことは大切に心の奥底に刻み込まれていた。

 美しい。葡萄餅を売る小汚いおばあさんを哀れんで、買ってやりたいと思う章魚坊主。
 
 愛おしい。お蚕を大切に育ててみて、その卵を孵してまた育てようとしたら、もう次の年はしないから、と捨てられて泣く章魚坊主。
 家人が外に捨てた蚕を助けようとして助けられず、死んで行く蚕たちに雨の日には傘を差して、最後はお墓を作ったという。

 猛勉強を始めたのは、隣のカワイ子ちゃんに「びりっけつ」とは遊ばないと言われたから。そこが、可笑しい。

 
 勉強が出来るようになり、体も強くなって、いじめっこを撃退する場面はかっこよかった。

 まったく自分とは違う考えの、すぐ暴力を振るって従わせようとする兄と、遂に対立して袂を分かつ場面も、素晴らしい。

 前編も後編も、美しい女性との別れで終わるが、清らかで恋にまで至らない心の動きが描かれている。

 伯母さんの優しさ。滑稽さ。無償の愛に、応える坊ちゃん。二人が後編で再会する場面は、涙無しには読めない。

 太宰とも三島とも違う、弱々しいが正しい美しい心を持ち続けた筆者は、こどものときの心のままの筆で書いている。

 明治の風俗も楽しい。夜店や縁日、こどもの遊び。木や草花の美しさ。様々な人との関わりを通じて、いろんなことを学んでいくのは、一言も教室で話せないこどもにも、出来ているのだ。