ちょス飯の読書日記

 『その日の前に』★★★★☆

その日のまえに (文春文庫)

その日のまえに (文春文庫)

 
 恩師の奥様が死の直前、友人に貸していたという。彼女を追悼する文集を拝読して以来、読もうと思っていてやっと読むことが出来た。
 表題作より、「潮騒」の章が一番良い。
 平凡な家族の親が、中年でまだ子どもが小さいのに、癌を宣告され、家族のことを心配しながら、だんだん日常を取り戻し、やがて亡くなる短編集。ゆるやかに、各章の登場人物が、最後「その日のあとで」にまとまって出てくる。

 「潮騒」は、とくに良かった。
こどものころ、遊び仲間・同級生がある日突然亡くなるのは、大変な衝撃だ。たいていの人は体験するだろう。
 自分が元気で生きていて、ごめん。あのとき、あんなことをしてしまった、自分のせいだ。

 生き残った子供たちは、やがて大人になる。その日のことは忘れているが、いよいよ自分も死ぬときが近つくと・・・。
 海で行方不明になった、子どもの母が毎晩、海に向かって懐中電灯で子の名前を呼び続ける場面。仲間の子達が、母を宥めようとする場面は、どっと涙が溢れた。
 最後に、亡くなった子の両親が、その子と若い姿のままで幻の電車に乗って、これから癌と闘わねばならない主人公の前に、現れ過ぎ去って行く。嬉しそうに。だが、転居先で夫婦で後追い自殺をしたのだろう、という匂わせ方の表現は良くない。故にマイナス1☆。子を亡くしても、遺族は泣きながらも、暮らしていくものだから。
  
 どの人も、回復せずに死んで行った。残されたものは、悲しみながら生きて行く。

 2007年恩人は、膀胱癌で身辺整理をしながら、出版されたばかりのこれを読み、自分の死を覚悟をしていたのだろうか。
 朗らかに「ちょっと入院してくるね」と老母に言ったそうだ。わずか一週間ほどで静かに亡くなったという。
 愛する夫が待っているので、死は怖くなかったのだろうか。