ちょス飯の読書日記

 『はにかみの国』  ★★★☆☆

はにかみの国―石牟礼道子全詩集

はにかみの国―石牟礼道子全詩集

 やや難解な詩集。石牟礼氏の弟が、鉄道自殺したことを詩にしているが、とても悲しい。死んで、やっと苦しみから弟は解放されたのだろうか。

 以下に抜粋する
94頁  『蓮沼』 前略
 彼はしずかにぴったり その口で
 おぼつかないわたしの手首を
 吊りあげたが
 まだほの暗い天のかなたに
 傷口のような稲妻が光ったとき
 ひとつぶの露が湧くようなあんばいに
 傾きゆれる 蓮の葉の上に
 とろりとわたしをこぼしたのだった

 そのときからゆれていた大地
 おとうとの轢断死体をみつけた朝も
 
 ゆれひろがっていた蓮の沼
 あの蛭が教えた
 花蜜の味のする地層の乳が
 沼の表に滲み出るあした
 おとうとをも吊りあげたのだ

 まだわかかったまなこに緑藻を浮かべていた
 その目で沼のように うっすらとわらいながら
 ふむ この枕木で寝て かんがえてみゅう
 かんがえるちゅう
 重ろうどうば 計ってみゅう
 まあ線路というやつは
 この世を計る物差しじゃろうよ

 そんなに思っていたので あっさり
 後頭部ぜんぶ 汽車にくれてやった
 残された顔のまわりに
 いっしょに轢かれた草の香が漂い
 ふたつの泥眼を 蓮の葉の上にのせ
 風のそよぐにまかせて 幾星霜
 
 ゆうべ かのときのほとりに  
 屈みこんでいたら
 陽のさす前
 にんげん未生の頃の
 つぶらな露の玉が ひとつ
 吐息を ついていた