少し前に『野火』を観た

 ちょス飯の映画評  

 『野火』  ★★★★☆
 
 塚本普也監督が、私費で作った映画。極限状況の中で、人はどうなっていくか。原作大岡昇平。大岡が、太平洋戦争末期に、レイテ島で体験したことが元になっている。

 飢餓、病気、怪我、敵襲・・・。何日も水も食べ物も無い状態で、熱帯のジャングルを歩いていると、人はどうなるのか。
 あまりにも、大勢の日本兵の死体、瀕死の状態のものたち、凄まじい機銃掃射に飛び散る肉片と血しぶきが、リアルに描かれていた。

 人肉を食べた人も、実際にいたことだろう。何かを食べなければ、生還できなった。
  
 主人公田村は肺病で、隊から放り出されるが「自由だ」と言われても、密林の中の密室状態でさまよい続けるしかない。

 とくに、印象に残ったのは田村が、廃村の教会で芋を煮るためのマッチを捜しているところへ、やってきた現地人の男女のうち女の方を殺してしまう場面だ。現地語で「私はあなたを殺さない、マッチを探しているのだ。」と何度言っても、女はけだもののような咆哮をやめなかった。凄まじい大声だ。

 田原が銃を向けながら話しているから、彼女にとってはただ恐ろしいだけで、日本兵は誰も皆が、同じ殺戮者に見えるのだろう。

 無意識のうちに、彼は彼女を撃ち殺していた。一緒にいた現地人の男は逃げていくが・・・。外にいた犬も狂ったように鳴き続ける。このような場面で、わたくしが田村だったら。やはり彼女を撃ち殺していたことだろう。

 敗残兵同士が、殺し合ってその肉を食べて飢えを凌いでいたとは、あまりに惨たらしい。
 そのようなことが現実にあったとは思いたくないが、確かに原作者大岡が見たことは、そこに本当にあったことなのだろう。

 ネタバレになるので、ここまでとする。

 戦後、戦犯として処刑されたり獄につながれた者もいたが、何の咎めも受けず帰国後の人生を生きて、死んで行った人々のことを思った。苦しかったと思う。自分の心は、何をしたか覚えていて、それでも普通に生きていかねばならなかったのだから。

 敵国兵士を殺せと命じられ、大丈夫な情況になるのが戦争だが、戦地から帰ってきてまた元の暮らしができるものだろうか。生きて帰って来たものに、計り知れない心の傷を負わせてしまうのではないか。

 全編があまりにむごたらしいので、もう少しユーモアのある、ほっとする場面もほしかった。自然の美しさ、木々や空の美しさは描かれていたが、もっと南国の星空や、動植物にもズームしてほしかった。

 塚本監督が、自ら全国の映画館を回って、観客と質疑応答をし、パンフレットや冊子を売ってサインしていた。
chosu-manmaも握手してもらった。

 高校生の時に原作を読んで映画化したいと思ったという。主人公田村・兵士の役は50代の塚本さんにはぎりぎりだった。
 
 映画出演の時より、このときに会った実物の彼は痩せて見えた。

 今この時代に、『野火』を作ろうとした塚本さんの心意気に感謝。


 写真の冊子は游学社刊 2015発行 野火×塚本晋也