ちょス飯の読書日記

 『ツリーハウス』   ★★★★★

ツリーハウス (文春文庫)

ツリーハウス (文春文庫)

 産経新聞大阪本社夕刊に、2008年10月から1年間毎週土曜日に連載された新聞小説
 面白かった。戦後70年、何故日本は中国に王道楽土「満州国」を建国したのか。そこへ農家の次男、三男坊は何故渡っていったのか。
何故、他国の領土をもらえると思ったのか。
 翡翠飯店という新宿の色町にある小さな中華料理屋の、ある家族の歴史が祖父亡き後の現在、祖母と孫息子が若き日に彼らが暮らした旧満州を旅するうちに過去と現在が反転する舞台となり、ぽつりぽつりと語られる。
 
 NHKテレビのファミリーヒストリーのようだ。

 満州国に渡った当時祖父は、既に戦時で農作業をすれば良いと思っていたのだが、敵の攻撃から守るための囲いを作る日々で、鉄砲を持ち敵と戦えと言われて、兵隊になりたくない、殺すのも殺されるのもいやだ、と脱走する。

 女装して中国人街に紛れて暮らすが、そこで女給として日本からやって来た祖母と出会う・・・。
 命を助けてくれた恩人に会いたい、と祖母は思い立って旧満州への旅を続けるが・・・・。

 「逃げること」は、命を守る。体制に反対して殺されないためにも、逃げることを選ぶことは、今の私達にも必要だ。
 新宿起きた、その時々の事件が翡翠飯店の人々にも、少なからず影響を及ぼしている。安保反対の学生運動ベトナム戦争反対のフォーク合唱、バス放火、連合赤軍浅間山荘事件・・・
 家族は忙しくお店で働きながら、テレビを見ている。

 とくに、主人公良嗣(よしつぐ)の叔父 太二郎の心の変遷が面白かった。彼は、オウム真理教とおぼしき新興宗教の富士の施設から脱走して、民家にかくまわれて叔母と良嗣に迎えに来てもらうのだが、恐ろしくなって逃げるということは、正解だ。

 自分の家族から、貧困ゆえに疎まれて満州国へ渡り、帰ってきても行き場の無い人たちは、いろいろな場所に自分で居場所を作ってきたのだ。
 祖母は、亡くなる前に自分の持ち物をほとんど無くし、遺書もきちんと書いていた。
 もし、旧満州で知り合いだったと訪ねて来る人がいたら、どうかもてなしてほしい、と。この土地は戦後のどさくさで手に入れたものだから、本当の持ち主が現れたら、すぐ返しなさい、と。
 戦争の悲惨な体験を家族にも話さぬまま死んで行く、名も無き人々の歴史を、角田が見事に書き上げた。
 140頁
 かつて保田が言っていたことがふいに理解できた  略
 だれかがどこかで決定している。  略  それでおれたちは、何にもわからないまま、あそこへいけと言われればいって、こっちへ来いと言われればいって、死んでこいと言われたら喜んでそうするんだ。