父との思い出

 亡き父の事を一人娘なのに私は、そんなに知らない。
 一緒に住んでいても、彼には家族に見せない色々な面があったようだ。

 彼との思い出はありすぎる。
 思い出すとあほらしい、笑えて来ることが多い。

 あの時のことを書こう。

 父とふたりで遊びに出かけることは、ほとんど無かった。
 私がまだ独身だったから、30数年前のある夏の日、鵜飼舟に乗った。業者から招待されたのだろう。
 初めての鵜飼見物だったが、鵜や川面、料理などのことは何も憶えていない。

 帰りの電車で、父が窓を見て脂汗をたらたら出していたこと。これは強烈な思い出だ。
 「どうしたの」心配になって尋ねた私に
  「糞がしたい」と、父は小声で言った。

 父が便意を催しているのだ・・・私鉄にはトイレは無い。特急だから終着駅まで我慢せねばならない。彼の苦しみに、なすすべも無く・・・・私も必死に肛門を引き締めて、電車が少しでも速く到着するのを祈り、待った。

 父は頑張りぬいた。やっとトイレへ。だが・・・管理が悪い。ドアを開けると
 「紙がない!!」

 私もなんと、持ち合わせていない!!!!!
 
 この衝撃!!!!

 ・・・・・・・あのときどうしたのだろう。なんとか、無事に帰宅できたから、周りにいた乗客に誰彼かまわず孝行娘が「紙を持っていませんか」と尋ねて、助けてもらったのかもしれない。
 以来、私は出かける時は必ずポケットティッシュを、携帯している。
 自分だけではない。周りの人のピンチを助けたいから。

 父の教えだ。