ちょス飯の読書日記

 『死ねばいいのに』   ★★★★☆
 

死ねばいいのに

死ねばいいのに

 これは、面白い。
 アサミという若い女性が、殺される。
 アサミはどういう人だったか、と生前四回だけ彼女と会ったことがある渡来ケンヤが、彼女から聞かされた関係者に尋ね歩く。
 一人目、二人目・・・・五人目で何故ケンヤがアサミのことを知りたがるかわかってくる。
 雑誌連載時はここで終わり、単行本化にあたり六人目が書き加えられたという。
 一から五人目の章では、ケンヤを狂言回しに使い世相を表す様々な人物の一人称で書かれている。初めはガードが固いのだが、ケンヤのゆるゆるした突っ込みに、徐々にかれらの心が開かれて、本音が語られる。この四人目までは容疑者候補でもある。 
 二人目の優秀な学歴の三十路女の話はとくに愉快だった。我慢して精一杯勉強して、一流企業の面接に落ち派遣社員をしている。派遣も切られて今は無職。隣室のアサミが、かわいらしく男にもてるのが悔しい。
 三人目、アサミの情夫、ヤクザの佐久間との会話はまさに京極節。
 170頁ケンヤのセリフを短くして書き留めておく。
 「別に人が嫌いなんじゃない。人と距離を取るって、思いやり・防御に近い。上手に距離を取れない奴は、部屋から出ないとか、人の集まるところに行かないとか、そうなっているだけだ。不登校とか、引きこもりとか、そういう形で折り合いをつけているに過ぎない。俺は難しいこと和漢ねーけど、とても普通なことだと思うんすけど」

 アサミは、実は誰からも愛されていなかった、と思う。便利な女で性欲の捌け口だったり自分の不運のせいにされて憎悪の対象にされたり・・・・。ケンヤにだけは、何故か自分のことを話した。

 最終章、六人目はネタばれになってしまうので書かない。
 この落ち、私には腑に落ちない。現代の観音菩薩ともいえるアサミが、「しあわせだ」と語り、ケンヤが彼女のことを普通でないと感じて恐怖するところ。
 人は、自分の想定外のものやことに出会うと恐慌をきたすものなのか・・・・、それにしても、ちと無理がある。だから、マイナス1★