故郷への旅 9月14日から16日

 初日:父の大ファンだった伯母が、老健施設にいるので見舞う(見舞金1万円)→父の実家(伯母の家)で泊まる→従姉Sと一瞬再会→

 2日目:実家へ→留守だったので掃除→母帰宅、誕生祝の木目込み人形、風呂のスポンジタオルをプレゼント→仕事から帰って来た弟と皆で、うなぎを食べに→

 3日目:従妹Hの新築祝いに弟と行く→ランチを蕎麦屋でご馳走になる→旧友宅へ、もうひとりの友と新幹線で行く→6年ぶりの再会→2時間おしゃべり→一本遅れのこだまに乗る→タクシーで10時半帰宅

 相変わらず、母は父の実家が結婚当初、父の実家に暮らした時、無一文であったので、自分たちの持参金を巻き上げ、そのお金を食費に当て全員で使ったこと怒りを込めてを言う。そして、金があると思ったら、一銭も分けてくれなかった、土地もくれなかった、とそればかりを繰り返す。60年以上前のことだ。
 伯母が、ふすまをぴしゃりとしめていじめたと繰り返す。

 しかし、母は嫁ぎ先ではなく、結婚を決めた自分の父親を恨むべきだ。彼女の父は、「金」ではなく人物を見て父を選んだ。彼の眼に狂いはなかった。結局、一文無しからスタートした夫婦は、力を合わせて商売し成功。自分たちの力で、家も建て財を成した。

 困窮している親戚を助けるのは、ごく当然の事。

 何故か、毎回会うたびに言う。しかしこどもたちが受け取れるべき父の遺した現金を全部がめているのは、彼女である。
 そして、いろいろなピンチのときすぐにやってきて、わが家を救ってくれたことに対する父方の身内の「身体を使った、献身」には感謝の念を抱かないようだ。
 母の脳はかなり、変わっている。守銭奴とはこういうものなのだろうか。
 価値観が違うだけでは済まされない。

 母は、金持ちの姪の新築祝いに5万円出すが、彼女たち夫婦は、キャッシュで自宅を購入しており、必ず同額以上のものを返してくる。

 「孫がおごってくれるから、うなぎをお前と弟は食べに行くな」とも。「自分の分はお金を出すから、一緒にお祝いの食事に参加させてほしい」、と頼む。いつもは付いていかない弟も参加。
 兄嫁、孫達と老舗へ出かけたら・・・

 兄嫁がとても私の到来を驚き喜んでくれたが、子ども達はものすごく悲しい表情・・・私の幸せ振りが憎いのかも・・・

 彼女らの父は、父親から受け継いだ店を経営し、疲弊。自転車操業の状態だ。家族ともうまく行っていないらしい。
 chosu-manmaの兄は、自分の母を憎み妻を憎み、食卓をともにせず誕生日を祝うこともない。だが、私を憎むものを、私は許す。彼の心の平安を祈る。
 夫とこども、40年来の友人や滅多に会えぬ親戚・・・皆から、会える日を待って待って愛されて、兄と違いchosu-manmaはなんと幸せなのか。
 父の実家をあしざまに言う母は、許せないが仕方がない。

 彼女は、chosu-manmaを愛するあまり憎むのだろう。一緒にいてほしいのに、遠くへ嫁いだことを、26年経っても悔しがっている。